英会話トレーナーのBobです。普段は自分の経営する店舗やSkypeにて英会話レッスンをやりつつ、Twitterにて英会話に関する有益な情報を発信するよう努めてます。

 

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僕は約10年前にイギリスのロンドンで「3ヶ月の遊学生活」をしたことがあり、今回はそのことをブログに書いてみようかなと思います。

 

[いきなり英語わからず大ピンチ]

当時、僕は国際線経験ほぼゼロでした。ほぼ、というのは、僕が5歳の時にグアムに家族で行ったらしいからです。もちろん記憶にございません。

 

そんな僕がロンドン行きに選んだ(HISに選んでもらった)フライトが、成田空港発、マレーシア経由便。

 

しかし、最初に着いた空港が明らかにクアラルンプールではありませんでした。コタキナバル島というところに着いたのです。どこ、ここ?って感じです。

 

今考えると有り得ない発想ですが、「やばい、飛行機乗り違えた」と完全にパニックになりました笑。

 

しかも日本人も見当たらない。英語を話した事もないし、何を言えばいいのかも全くわからない状態でした。

 

勇気を出して航空会社の職員の方に英語で「I go to クアラルンプール.」とチケットを見せながら尋ねたところ、「日本語話せるよ」って笑。

 

どうやらクアラルンプールの前にコタキナバルに止まる便だったようです。

 

 

[クアラルンプールでハプニング]

さて、無事にコタキナバルから飛行機に乗り、予定通り経由地のクアラルンプールに到着しました。

 

そして次の便に乗るためにゲートまで行くと、乗客らしき人が見当たらず、明らかに日本人ではない2人のスタッフの方々が立っていました。

 

僕は「I go to London.」と伝えました。そしたら大変。そのスタッフがマシンガンのごとく高速で英語を話すのです。もちろん何を言ってるのか全然わかりません。笑

 

全くわからないので「Write, please!! 」って伝えました。親切にわかりやすく書いてくれて、どうやって解読したか忘れましたが、どうやら飛行機が9時間くらい遅れるから空港のホテルに泊まれるとのことでした。

 

空港の人達に聞きまくってなんとかそのホテルにたどり着きました。そのホテルはとてもゴージャスな感じで、ラッキー!!と思いながらフロントに並んでいました。

 

しかし、僕の番まであと2人というところでいきなり、「満室でーす」ってアナウンス。がっくり。結果、ロビーで寝て一晩過ごしました笑。

 

 

[ロンドンのヒースロー空港で強制帰国の危機]

前述した通り、国際便がほぼほぼ初めての僕は、ほとんどリサーチもせずに何とかヒースロー空港までたどり着きました。しかしここからが大変。

 

飛行機でもらえる申告用紙に泊まる場所など一切記入せずにイミグレーションで自分の番が回ってきました。僕はとにかくパスポートを見せて「sightseeing」とだけ言えばいいものだと思っていました。

 

まずチケットを見せなさいと言われ、僕のチケットを見るや即座に「は?3ヶ月?長い!」って言われました。これくらいは僕にも聞き取れました。3ヶ月も何するんだ、と多分聞かれていたのですが、全く答えることが出来ず、「London, 3 months, sightseeing」を繰り返していました。笑

 

そして次に、「address」という単語が聞き取れた僕はなんと自分のemailアドレスを読み上げるという失態。

 

明らかにスタッフさんがイライラされていて、僕はパニック状態でした。申告書の住所欄を指差しながら「HOTEL!!!!」と怒鳴られました。ここで初めて、僕が宿泊する予定の場所を書くのだと理解できました。

 

最終的に入国できることになりましたが、そのスタッフさんはスタンプを高く振り翳し、勢いよく僕のパスポートにスタンプを押しながら「Waste of time!!!」って言われたのを今でも覚えています。ちなみに、それを言われた時、意味はわかりませんでしたが、はっきりとそのフレーズが頭に残っていたので、後で調べました。

 

 

[どうやって住む所を探したか]

何とか無事入国出来たので、向かう先は知人との待ち合わせ場所。空港で人に聞きまくって何とかどのように目的地に行けば良いかがわかり、ロンドンの地下鉄Tubeに乗りました。

 

初めの1週間は知人の家に泊まらせてもらいました。その間に住む場所をインターネットで探し、良さそうなのがあれば直接アパートを見に行くということを繰り返し、無事見つかりました。

 

家を探す時に使ったウェブサイトは「gum tree」というサイトです。アパートのオーナーさん達が所有してる物件情報を載せていて、そこで見つけた情報を元にコンタクトをメールか電話で取るというプロセスでした。

 

僕が住んでいたエリアは「Elephant and Castle」という地域で、結構治安が悪いと言われているエリアでした。その情報は後々知ったのですが、当時の僕はなぜか怖いもの知らずなメンタリティーだったので、治安など考えずに値段だけで決めました。

 

そのアパートを見に行った時に、オーナーさんに支払いの説明なども色々してもらったのですが、やはりここでも全く理解できずに「書いてください」とお願いをしました。めちゃくちゃ親切な人だったので、ものすごくゆっくり書きながら説明をしてくれて、僕は電子辞書片手に「deposit」の意味を調べながら、何とか理解でき、そこに住むことを決めました。

 

 

[語学学校には行ったのか]

「短期留学」という口実で日本から逃げるようにロンドンに行ったので、あまり英語自体に興味はありませんでしたが、住み始めてから語学学校を探し、超格安の語学学校に通い始めました。クラス分けテストを受けたら一番下から二番目のクラスになりました。

 

しかし、そもそも学校というもの自体があまり向いてなかったようで、最初の2週間くらいは真面目に授業に出ていたのですが、先生がネイティブで何を言っているのかさっぱりわからず、クラスには日本人も何人かいましたがどうも話が合わず、だんだん行かなくなりました。

 

しかし、一人だけ学校で仲良くなったブラジル人がいて、彼もあまり学校に向いてない感じだったので、しょっちゅう二人でビールを飲みに行ったりしていました。彼は恐らく正しい文法とはかけ離れている英語でしたが、僕よりも遥かに英語を話せたので、すごく練習になりました。

 

彼と知り合って2週間くらいでブラジルに帰ってしまったので、そこからはほとんど学校と無縁になりました。幸いにも授業料は1ヶ月分しか払ってなかったので助かりました。

 

 

[毎日何をしていたのか]

さて、学校に行かなくなりブラジル人の友人も国に帰ってしまってから、僕は一体毎日どのようにロンドンで過ごしていたのでしょうか。

 

10年以上も前のことなので全てはっきりと覚えてるわけではありませんが、毎日楽しく過ごしていました。

 

僕が住んでいたアパートは、最初は4人くらいしか住んでいなかったのですが、気づいたらフランス人が12人くらいとイタリア人が1人住んでいました笑。フランス人同士のコネクションってすげぇ!って思った記憶があります。

 

なので、毎日彼らとお酒を飲みながらダベっていました。来る日も来る日も、よくわからないながらも彼らが使っていた英語を真似しながらコミュニケーションを取っていました。1人、たまたま音楽の趣味が合う人がいて、僕もギターを持っていってたので、二人でギター弾きながらよく歌っていました。

 

次に引っ越したところではイギリス人とギリシャ人が住んでいて、一緒にポーカーをやったり一サーカーを見たりしながら過ごしていました。

 

また、旅行者のようにロンドンの各地までバスで行ったり、ショッピング街をブラブラしたりもよくしていました。CDショップのHMVで僕がとあるCDを試聴していたら、スタッフが声をかけてきて、「このバンド好きなの?俺も好きだぜ!!Yeah!!」みたいなノリで会話してみたり、色々と楽しんだ記憶があります。

 

 

[英語は上達したのか]

3ヶ月という短期間でしたが、ロンドン生活は僕にとってかけがえのないものになりました。僕はあまり過去を振り返るタイプの人間ではないのですが、それでも今だに時々思い出しては懐かしんだりします。それくらい楽しみました。

 

ところで、肝心の英語力は上がったのか?なんですが、多少は上達したと思います。多少ね。笑

 

わからないなりにも色々な人たちと英語でコミュニケーションを取る中で自然に覚えていったフレーズもあるし、それ以前に「英語でコミュニケーションを取ること」自体に激慣れしました。それと、日本人とほとんどつるまなかったのも大きいです。語学学校にいた日本人達はみんな日本人同士でずっとつるんでるようでした。

 

日本語が使えない環境に自分をぶち込むと多少なりとも成長しますよ。笑

 

ですが、ちゃんと勉強したわけではなかったので、劇的に成長したわけではありませんでした。もし学校にきちんと行ってインプットして、それを普段からアウトプットするような生活を心がけていればもっと成長出来てたと思います。でもそれってなんか僕らしくないのでいいんです。笑

 

 

[最後に]

僕はこの3ヶ月で、全く興味なかった英会話の楽しさに目覚めてしまいました。英語がもっと話せたらもっと人生楽しくなるんだろうなぁって心から思いました。僕の数ある夢のうちの1つになりました。

 

そこから約10年、今こうやって英会話のお手伝いをしている状況がとても不思議です。あの喜びを一人でも多くの人に味わってもらえるように、さらに貢献していきたいなと思います。